新年度が始まり、3週間。
新クラスになって、3週間。
持ち上がり担任でなければ、子どもとの距離感がまだつかめず、関わり方に悩むことってありますよね。
私自身も、まさにそんな日々を過ごしています。
担当しているクラスには、環境の変化に敏感な子がいて、順調に進んでいたトイレトレーニングが、進級をきっかけにまさかの後退。
タイミング合わず、毎日おもらしが続いていました。
言葉のやりとりも、まだオウム返しが多く、コミュニケーションも取りにくい。
そんな中、「この子の気持ち、ちゃんとわかってあげられているのかな?」と、戸惑いながら過ごしていました。
進級してからおもらしが続いていること、きっと心配されているだろうな…と、お母さんにお話してみると———
「いろいろ気を付けてみてくださって、ありがとうございます」と感謝され、さらにこう言われたんです。
「おうちでいつも、くぅ先生のこと”だいすき!”って、言ってるんですよ」と。
正直とても驚きました。
言葉では伝わっていないと思っていたけれど、ちゃんと伝わっていたんだ———
そう感じ、嬉しくて泣きそうになりました。
保育士という仕事は、日々悩みの連続。
でも、こんなひと言が、心に深く届き、やりがいを実感させてくれます。
今日は、そんな出来事をお話させくださいい。
進級後、トイレトレーニングが後退…毎日のおもらしに悩む日々

進級して、3週間。
年齢が上がったので職員数も減り、私自身も、つい3週間前までは乳児クラスを担当していたため、流れの違いに戸惑いながら過ごす毎日です。
子どもたちもまた、担任が変わり、保育室も変わり…。
今まではお部屋の中にあったトイレも、進級後はお部屋の外へ。
まだ、自分で尿意を伝えるのが難しい子も多く、タイミングをみて声掛けし誘導はしていますが、うまく合わないと失敗してしまうこともあります。
そんな中に、言葉のやりとりがうまくできず、加配がついている子がいます。
その子が、進級してから毎日おもらしをするようになってしまいました。
「おしっこ出たいなら言ってね?」
そう声をかけると、「言ってね」と返ってくる———
オウム返しです。
言葉の理解や、自分の気持ちを言葉にするのも難しいようで、コミュニケーションがとりにくい。
こちらの思いが伝わらない。
その子の気持ちをうまく受け止め切れていない
———そんなもどかしさを感じていました。
排泄のときには必ず先生が付き添うようにし、おしっこが出ているかを確認しています。
でも、量を見ると「もしかして、出し切れていないのかも…」と感じることも。
「あぁ・・・今日もまた、うまくいかなかったか・・」
そんな日々が続き、私は不安や迷いを抱えるようになっていきました。
“おむつで様子をみるべき?”
“それとも”このままトレーニングを続けるべき?”
一緒に組んでいる先生とも相談しているものの、答えが出せずに、モヤモヤと悩む日々が続いていたのです———
保護者との会話で知った、“おうちでの言葉”に励まされた

つい3週間前まで、順調にすすんでいたトイレトレーニング。
最初の頃は大丈夫だったのに、ここ1週間ほど、毎日おもらしが続くようになってしまったのです。
この子のお母さんは、わが子のことをとても心配されている方。
「先生、ちゃんと見てくれてないのかな…」と思われても仕方ないよな…と少し落ち込んでいました。
だからこそ、こちらの思いや関わりについて、きちんと伝えようと思い、お母さんに話してしてみたんです。
すると、お母さんは、
“職員が少なくなってしまったこと”
“先生たちも忙しい中、一生懸命やってくださっていること”
“その中で、環境の変化に弱いわが子の特性のこと”———
すべてを理解してくださっていました。
「いろいろ気にかけて、丁寧に見てくださってありがとうございます。」
こんな風に言っていあただけるなんて思っていなかったので、本当にありがたくて、心がじんわり温かくなりました。
保育士の思いや関わりって、なかなか目に見えないし、伝わりにくいところも多い。
だからこそ、それを感じ取って、言葉にしてくださる保護者の存在が、とても大きな励みになるのです。
そしてさらに———
「去年は新しい担任にもなかなかなじめず、新年度が始まってからも大変だったんです。
やっと慣れてきたかな…と思うと、また泣いて登園を嫌がったりして。」
「でも、今年度はそれが全くないんです。親の私が驚くくらい、楽しそうに通っています。
それに、おうちで『くぅせんせーだいすき』って言うんですよ。」
え?
「まさか、そんな風に思ってくれていたんて…」
言葉のやり取りがうまくできなくて、気持ちが通じていないんじゃないかとずっと不安だった日々。
でも———
あの子なりに、しっかりと私を感じ取ってくれていた。
そして、受け入れてくれていた。
その事実に気付けた瞬間、胸がいっぱいになって、
「あぁ、わたし、一生懸命関わっていてよかった」
そう心から思えたのです。
言葉が通じにくくても、気持ちはちゃんと伝わっていた

子どもが20人いれば、20通りの関わり方がある。
この子にはこの関わりで大丈夫だったからといって、他の子にも同じように接してもうまくいくとは限りません。
そんな当たり前のことを実感しながらも、私たちは日々、試行錯誤を積み重ねています。
一度の声掛けでで行動できる子もいれば、言い方をかみ砕かないと伝わらない子もいます。
集団への言葉がけだけで伝われば理想ですが、実際は個別の声掛けが必要な場面も多いものです。
「理解できているけれど、行動に移せない」
のか、
「言われていることがわからないから、行動できない」
のか。
その違いによって、こちらの関わり方を変えなければなりません。
でも実際、保育士だからといって、すぐにその子のタイプが明確にわかるわけではないのです。
日々の関わりの中で、少しづつ見えてくるもの。
だからこそ、丁寧に根気強く向き合うことが求められます。
言葉のキャッチボールが難しくても、子どもって私たち大人の”心”は感じて取っています。
つい「どうせわかってないだろうな」と適当に声をかけてしまいそうになること、ありませんか?
でも、子どもはその時の大人の表情や声のトーンから、私たちの気持ちをしっかり受け取っているのです。
だからこそ、子どもたちには曖昧ではなく、誠実に向き合い、関わることが大切。
一生懸命関われば、保育士の姿勢やまなざしを通して、
「あなたを理解しようとしているよ」という気持ちは、ちゃんと伝っていくものです。
だけど、それって見えないから。分からないから。
本当に伝わっているのか、確かめることはできないから、不安で仕方ない。
だからこそ、毎日悩みながら、それでも「伝わっている」と信じて保育していくのです。
そんな中、保護者からの言葉に、とても勇気をもらえたりします。
「伝わっていた」という形がみえると、「間違ってなかった」と背中を押してもらったような気持ちになります。
保育は”見えないものを信じる毎日の積み重ねなのかもしれないな”。
そんな風に、しみじみ思えるのです。
保育士としてのやりがいは、「成長して姿」と「共有」から生まれる

保育士をしていると、毎日迷うことがばかりです。
でも私は、迷うことは決して悪いことじゃないと思っています。
だって、ちゃんと向き合おうとしているからこそ、悩むんですよね。
保育は、すぐに答えがでるものではありません。
1年を一緒に過ごしてきても、
「ああ、もう少しこうしてあげれば、もっと変わっていたかもしれない」
「このやり方の方が、子どもたちにはわかりやすかったかも」
そんな風に反省することは、何度もあります。
それは、子育てと一緒で、保育には”正解”がないから。
それでも私がこの仕事を続けてこられたのは、
やっぱり———
自分の関わりで、子どもの成長を感じられた見れた瞬間
そして、
保護者とその成長を共有できた時
その喜びが何よりのやりがいだと感じるからです。
「これが正解だった!」とは言いきれなくても、
少なくとも”失敗”ではなく、”間違ってなかったかな”って、そう思える。
その実感が、また次の一歩につながっていくんです。
子どもたちは、言葉よりも”心のまなざし”をちゃんと見ています。
だからこそ、私たち大人が誠実に関わることが、何よりのメッセージになるのだと思います。
そして改めて感じるのが、保育は家庭とのつながりもとても大切だということ。
保育士だけではなく、保護者との関係が築かれたうえで一緒に育てていける環境こそが、理想の形ですね。
お母さんの一言が、私に保育の糧になる勇気をくれて、たくさんの学びを与えてくれました。
本当に感謝しています。
言葉にならない思いも、ちゃんと伝わっている。
だからこそ、今日も目の前の子どもと、まっすぐ向き合っていこうね。
これからも、子どもたちと一緒に、たくさん笑うぞ~~。
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