フェイクマミー第5話の記事がたくさん読まれていて、
「やっぱり、ママたちはどこかですっと悩んでるんだな」と感じた。
だからこそ、第7話は絶対に書きたかった。
だって、これこそ「ママの本音」だから。
「いいママ」でいるために…
何かを諦めてきた。
がんばってきた。
我慢だってしてきた。
でも、それって本当に「母親だから当然」なのかな?
この記事は、一生懸命子どものために尽力しているママたちにこそ読んでほしい。
「自分だけじゃないんだ」って気づいて、
少し肩の力を抜いて、自分に優しくできますように。
このフェイクマミー第7話は、
頼ることに罪悪感を抱くママへ届けたいお話です。
時短ママ(薫の元同僚)の本音
「チャンスだから頑張らなきゃって思った。
でも家が回らなくなった」
最初は「できる」と思んですよ。
いや、正確に言うと———
「わたしなら頑張れる。」って思いたい。
無理してでも。
その気持ちも、すっごくわかる。
でも、「がんばれる」って自分で決めちゃうと、
弱音が言いにくくなるんですよね。
結果、限界まで抱え込んじゃう。
「あとでいっか…」が積もり積もって、
部屋は散らかり放題。
洗濯物は山。
心は落ち着かず、イライラばかり。
旦那とは言い争いになり、子どもには怒ってばかり。
———完全に悪循環。
「私が2人いればいいのに」
これは、ほぼ全ママ共通のワード。
でもね、
両立できないのは、
ママの力不足のせいじゃない。
努力が足りないわけでもない。
ただただ、構造的に無理があるだけ
まだまだ、”子育てはママの役割”っていう空気が根強いから、
がんばりすぎて、自分せめちゃうママが多いんだろうな。
みんなそれぞれ、ちゃんとママしてるのにね~!
三羽ガラスのママたちの「失ったもの」

ドラマでは大きな肩書きのママだけど、
その気持ちは、どのママにも絶対どこかで当てはまる。
①出版社でバリバリ働いてたママ
仕事を辞めて専業主婦になった。
それから、子どもの教育にのめり込んだ。
子どもを産んだことは、後悔していない。
…でも、時々がむしゃらに働いてた頃の自分を思い出す。
そう。
親になったことを後悔しているわけじゃない。
後悔はしてない!だけど…
この「だけど…」が、言いにくい空気があるんだよね。
「あなたが産んだんでしょ?」
「母親でしょ?」
いやいやいや、そうですけど??
母親は、過去の栄光を語っちゃいけないんですか?
やりたかった気持ちを持ってちゃダメなんですか?
って話なのよ。
②日舞の舞台に立っていたママ
私はずっと日舞の舞台に立ち続けるつもりだった。
けど、義母に「母親は裏方に徹するのが務め」と言われて…
でもほんとはまた舞台で舞いたいな~って思っちゃう。
この “思っちゃう” がすべてなんだよね。
思っちゃダメなの?
母親は、やりたいこと持ってちゃダメなんですか?!
それって、子どもにとって不利益なのかな?
むしろ、ママが輝いている方が、子どもは嬉しいんじゃないかな?
③元アイドルのママ
わたしはアイドルを卒業したら、子どもを産んで専業主婦になるのが夢だった。
夢はかなっているのに、
ふとした時に、お母さんだけでいるのが苦しくなる時がある…わがままだよね。
いやいやいや、全然わがままじゃない!
夢なんて、1つじゃないし、
かなったら、また次の夢が生まれるのは人間として普通。
「ママでもアイドルしたい」
「またステージに立ちたい」
そう思うのって、悪いこと?
自分時間を楽しめるからこそ、家族にも優しくなれる。
それ、絶対あるよね。
———母親になった途端、女性としての人生が後ろに追いやられる。
母親だって一人の女性。
女性がただ、母になっただけ。
「母親だから」は正しいけれど、
そこに縛られる必要はない。
▶私も子育てから少し離れ、派遣保育士から復職しました。そん時の気持ちなど書いていますので、よかったらどうぞ。

三羽ガラスのリーダーの言葉
リーダーが自分に言い聞かせるように言う。
結局、諦めなくちゃいけないのよね。
これはもう完全に…
本当はやりたかった
でも「母だから」と思い込んできた
我慢し続けた結果、それ以外を想像できなくなる
そんなママたちのリアル。
子育てって本当に幸せで、
自分ひとりじゃ感じられない喜びがたくさんある。
でもね。
「自分後回しで当たり前」
この感覚がずっと続くと、誰だってしんどくなるんだよ。
薫の言葉が刺さる
「母親だからって、自分を削って諦めることが、当たり前になっているのが納得できません。」
薫は、”母親ではない”。
だからこそ、この言葉が刺さる。
でも、周りのママたちは薫を「母親」だと思っているから、
その言葉に耳を傾けることができるんだよね。
もし薫が “本当の母親ではない” と知ったら…
「あなたは母親じゃないから、そんなこと言えるのよ!」
そう責められる可能性だってある。
それくらい、ママたちは「母親にしかわからない」気持ちを抱えて、毎日戦っているともいえる。
ここが第7話の核心。
さらに薫は──
「家事も子育ても、もっと周りに頼ってシェアすべきなんです。」
と続けるが、やはりここでも…
「母親なのに、任せるなんてできない」
と母親たちは返答するんだよね。
ここに、ママたちの “罪悪感の正体” が隠れているんです。
“他人任せ” ってどこまで?
保育園に預けるのは、「他人任せ」?
———違います。
保育園に預けるのは、「頼る」であって、放任しているわけではありません。
保育士の立場として私は、
お母さんたちと「子育てを共有」しているつもりで、お子さまを預かっている。
成長を見つけたら伝える。
一緒に喜ぶ。
悩みがあれば一緒に考える。
それが「共有」であって、「丸投げ」ではない。
でも、実際にはいます。残念ながら…
「他人任せ」な保護者さま。
家ではまったくやらず、
・離乳食は保育園任せ
・オムツ外しもも保育園任せ
・「家で寝なくて大変なので、お昼寝させないでください。」と要求
これは完全に「他人任せ」ですよね。
子どもの成長を見ようとしていないことこそが、本当の「他人任せ」
逆に、子どもの成長を見守れていれば、
どれだけ頼っても、ママはママであることに変わりないんです。
お掃除ができないなら、ダスキンを利用する。
料理がきついなら、炒めるだけ・チンするだけキットを使う。
「頼る」ことは、恥でも逃げでもない。
暮らしを整えるための”選択肢”のひとつ。
なのです。
薫の言葉は、現代ママへのメッセージ
「頼ってもいい。それを後ろめたく思わない日が来る」
これは、現代のママへの強いメッセージ。
昔は地域全体で育てていたし、
親だけで24時間すべてを担う方がむしろ不自然なんだよね。
親としての責任はもちろんあります。
でも
責任=我慢
ではないんです。
我慢だけの育児は、
どんなにがんばっても、誰も幸せになれません。
まとめ 「母親だから諦める」を手放していい

フェイクマミー第7話では、母親たちの気持ちを代弁している回になっています。
母親は、いろんなことを諦めて生きていると思うのかもしれない。
でも、「母親だから」といって、すべてを背負う必要なんてないいんです。
薫の言葉が刺さったのは、彼女が「母ではない」からこそ見える視点を持っていたから。
その視点は、私たちが無意識に刷り込まれてきた
「母親ならできて当然」
「任せたら負け」
という思い込みを揺さぶりました。
保育園に預けることも、家事代行サービスを使うことも、
“手放す”ことではなく「頼る=シェアする」ことだから。
そして、ママだっていろんなこと諦めなくていんです。
希望や夢を持つことに、罪悪感を抱くひつようなんてありません。
何もかも「母だから諦めるのが当然」と思い込まなくていい。
頼ることは育児放棄なんかではなく、
誰かと一緒に育てる「共育て(ともそだて)」です。
何より大切なのは、
母が笑っていられること。
現代のママたちに向けて、薫が投げた言葉は
「もっと軽く生きていいんだよ」というメッセージそのものなんです。
この記事を読んでいるあなたは、すでにたくさんがんばってます!
だから、だいたいのことはそれでOKです♪
▶フェイクマミー第5話では、働くママに突き刺さる名言がまとめてあります。合わせてどうぞ。


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