「夫婦でちゃんと、会話してますか?」
現在放送中の『小さい頃は、神様がいて』は、
そんな問いかけがまっすぐに胸に刺さるドラマ。
ネットでは
「つまらない」「共感できない」という声も多い。
でも私は6話まで見てきて、
考えさせられること・気づかされること、
めちゃくちゃ多かった。
周りからみれば幸せそうでも、夫婦にしかわからない”不具合”って絶対にある。
その積み重ねた痛みが、あんちゃん(仲間由紀恵)の言葉や表情にじんわりにじむ。
物語は、
「子どもが成人したら離婚する」
という約束を胸に、ギリギリで踏ん張って生きてきたあんちゃん。
下の子の20歳まで残り2か月弱———というところから始まる。
マンションの人たちとのかかわりをきっかけに、
あんちゃんの心にも、夫・渉(北村有起哉)にも少しずつ変化が生まれていく。
ただ、「自分を取り戻したいから離婚したい」というあんちゃんの気持ちに、
どこまで寄り添えるかはひとそれぞれ。
それでも、このドラマには
「母としてのリアル」「夫婦としてのリアル」
がぎゅっと詰まっている。
この記事では、その中でも特に感じた「夫婦のすれ違い」を掘り下げていきたい。
このドラマの中には、
“言えなかった本音”や “見て見ぬふりをしてきた痛み”が散りばめられている。
でもそれは、どの家庭にも静かに潜んでいるもの。
この記事では、ドラマを通して見えてきたリアルを言語化しながら、
夫婦のすれ違いをほどく小さなヒントを共有していく。

幸せそうに見える夫婦ほど、会話が少ない?という現実

ドラマを見てまず思ったのは
「え?この夫婦、全然幸せそうじゃない?」だった。
でも、話がすすむにつれて、
あんちゃんの口から少しずつ「飲み込んできた本音」が漏れ出してくる。
・子育ての負担
・パートナーの無関心
・言おうとして、結局飲み込んできた言葉たち
毎話ごとに “愚痴の暴露” が積み重なっていくその感じが、
「あぁ…ずっと我慢してきたんだろうな」
って胸が痛くなるほど伝わってくる。
その瞬間は「大丈夫」と飲み込んだことでも、
結局どこかで引っかかったことって、自分の中で消化できてないんだよね。
だからこそ、ふとした拍子に
「あん時だって、そうだったじゃん!」
って噴き出してしまう。
飲み込んだ言葉は、消えたわけじゃない。
心のどこかにずっと残ってる。
だから、あとから出しちゃいけないとわかっていても、
結局あふれてきちゃうんだよね。
言えなかった妻 × 気づかなかった夫
渉(北村有起哉)は決して悪い人じゃない。
ちょっと抜けてるけど、優しいし、すぐ泣いちゃう家族思いのパパ。
でも———この「ちょっと抜けてる」って、夫婦にとって地味に大きな壁になること、あるんだよね。
悪気がないのはわかる。
でも、抜けてる人って、気付けない。
そしてその「気付いてくれない」が、蓄積するとボディーブローのようにじわじわ効いてくる。
だから、あんちゃんにとって、
「子どもが成人したら離婚する」は、希望だったんだろうな。
そこまでは、どうにか頑張ろうという、ぎりぎりの気持ちの支えだったってこと。
でもね、この夫婦、言い合いになりそうなときは、子どもたちに聞かれないように、2人でドライブに出かけるんだよね。
「シャバに」と。洗車場が穴場みたいなんだけど。そこで愚痴を吐き出す。
一見すると、「ちゃんと向き合えてるじゃん?」と思えるシーン。
でも実際は———
そこで出てくるのは軽い愚痴だけで、肝心な”本音の核心”は、ずっと言えてなかったってことなんだよね。
愚痴を言い合うことと、本音を突き詰めることは別物。
ドラマの中で、それがもの静かについ重なっていくんだよね。
夫婦の会話が不足していくことで、関係が派手に壊れるんじゃなくて、
静かに・少しずつ・気づかないうちに
じわ~っと距離ができていく。
たぶん6話まで見た人は、
「うちも、こうゆうことある…ちょっと気を付けよ…」
って感じたんじゃないかな。
そしてね、私もだけど———
女性って「言わなくても、気付いてよ!」が出がち!
でもアレ、男性からしたらきっと無理ゲーなんだよね。
「言ってくれなきゃ、わかんないよ!」と思ってるはず。
うちは、旦那が前のこと持ち出してきて、
私が「いまさら言わないでよ!」ってなる夫婦(笑)
《アイス事件》と《スーパーカップ事件》のシンクロ

抜けてる優しさの極めつけが、第6話でのシーン。
シャバ(洗車場)であんちゃんが思い出したように語った『アイス事件』。
昔渉が「出かけるけど、何か食べたい?」
って聞くわけ。
あんちゃんは「バニラアイス」と答えたのに——
渉が買ってきたのは、チョコアイス!
しかもチョコでコーティングされた、こってこてのチョコアイス。
渉的には「美味しそうだったから」なんだけど…
いやいやいやいや‼
「聞いたよね!? 私バニラアイスって答えたよね?じゃ~なんで聞いたの!?」
ってなるやつ。
これ、あなたも絶対思ったはず。私も思った!
優しさなんだろうけど、抜けてる優しさ。
気持ちに寄り添えてない優しさ。
そんなの優しさじゃない!って叫びたくなるやつ。
でね、これを見てて私、思い出したのよ。
うちの旦那との『スーパーカップ事件』。
子どもが熱出して、私が看病してて。
仕事終わりのパパが
「なんか買って帰るものある?」
って聞いてくれたから、私は
「ごはん全然食べれてないから、スーパーカップ買ってきて」
と返信したわけ。
熱高い → 食べられない → アイスならワンチャン食べられる
って流れでね。
そしたら、旦那が買ってきたのは…
カップ麺のスーパーカップ。
「え?」って言ったら、
「あ、味噌がよかった?」
いや、そこじゃないっっっ!!!!!
ってやつ。
優しさなんだけどさ。
悪気ゼロなんだけどさ。
でも、 そうじゃないんだよ…! が爆発する瞬間。
こういう“気づけない優しさ”が、
あんちゃん夫婦にも、うちの夫婦にも、
きっとどこの家庭にもあるんだよね。
このズレをお互いに言い合えないと、夫婦のすれ違う溝を深くしていくんだ。
まとめ|会話こそ夫婦力を上げる

『小さい頃は、神様がいて』をみていると、
夫婦のすれ違いって
大きな事件じゃなくて、小さなズレの積み重ねなんだ と痛感させられる。
言えなかった妻と、気付けなかった夫。
本音をぶつけないまま続いていく毎日は、
どんな優しさがあっても、少しずつ距離を作ってしまう。
「夫婦なんて所詮他人だから。」
そうよく聞くけど、そりゃそうだ。
育ってきた環境も、育てられ方も違う。
それを、ひとつにしてやっていくのは、やっぱり話さなきゃダメ。
このドラマが教えてくれるのは
「会話しようとすること」こそが、夫婦の力となるということ。
派手な演出はないけれど、
でも静かに、リアルに、痛いくらい響く。
このドラマをみて思った。
「言わなくても気づいてよ」じゃなく
「言わなきゃ伝わらない」という考えを大事にしよう。って。
さ~そして、このドラマには、同じマンションに住む個性豊かな住民がドラマに深みを与えている。
そして、すれ違っている夫婦が育てた子どもたちの気持ちもある。
めちゃくちゃいい子に育ってる風だけど、ほんとにそうなのかな?って考えさせられる。
そんな中、あんちゃんの本当の気持ちがどこへ向かうのか――
続きが気になって仕方ない!
木曜10時、フジテレビですよ📺

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